七夕の戀




 外を見やり、茜色に染まり始めた空を見上げる。
「時間も時間ですし…やはり天帝に献上してきてしまいましょう」
 苦笑しながらまた歩みを進めていく。
 幾つか角を曲がり、対の宮をふたつ通り抜けると大きな御殿が見えてきた。天帝の大宮へ淀みない足取りで近付くと、衛士に拝謁を願いでる。幾度も献上に来ていた地慧と顔見知りとなっていた衛士は、人懐こい笑みを浮かべて部下に開門を命じた。鈍い音を立てて開いていく門を見詰めながら、見慣れた筈の光景がなのに全然別のもののような気がして、地慧は肩を竦める。どうかしましたか?と気遣わしげに状態を屈ませる衛士に謝辞を述べると、謁見室へと向かった。


 少しだけざわめく心を静めながら、一歩一歩踏締めるように歩いていく。



 よく磨かれた廊下を抜けると、またひとつ扉が現れる。
「……地慧です。織物を献上にあがりました」
 目線よりも少しだけ上を向いて、うっすらと微笑みながら呼びかける。柔らかなその声に呼応するかのように、扉がぼうっと光を放ち始めた。程無く静かに開いていく扉をまたくぐり、奥の御簾の前へと進み出て膝を折る。
 織物を胸の中にしっかりと抱いたまま、深々と頭を垂れた。
「地慧にございます」
 しゃらん、と御簾の向こうから軽やかな鈴の音が聞こえた。微かに映る影がゆらりと揺らぐ。
「御苦労でした。……さ、顔をあげて、織物を見せてくれませんか?」
 視線を伏せたまま上体を起こして織物を両手で捧げ持ち、そのまま差し出すような仕草をする。ややして、小さな吐息の零れる気配がした。花も綻ぶような笑みを湛えた声が、ふわりと地慧へ舞い落ちる。
「今回のものも素晴らしい出来ですね。……今度ばかりは、光華が羨ましい」
「もったいない御言葉、ありがとうございます」
 はにかんだような笑顔がようやく地慧の頬にのぼる。



 かた、という小さい音と共に、またしゃらりと鈴の音が部屋に響いた。
「このあと、なにもないのでしょう? 貴方さえよければ一緒に夕餉など如何かしら」
 天帝が宮中の者とはいえ夕餉に誘うなど、通常は殆ど皆無。相手が地慧だからこそ、の誘い。些か驚いたような表情のまま手にしていた織物を畳み、地慧は首を傾けて暫し考えた。










≪辞退して帰る≫         ≪折角なので誘いを受ける≫









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