七夕の戀




 ふと気がつくと、自分の宮を遠く過ぎたところまで歩いてきてしまっていた。
 ここは何処だろうと紅い瞳を擦りながら辺りを見回した瞬間。
「其処に居るのは誰か」
 意図的に低くしているのだろう、未だ少年らしい甲高さが残る声で、地慧は不意に誰何された。慌てて辺りを見回すと、暗がりのなかぼうっと灯る明かりを見つける。近付いてくる明かりに浮かび上がった先の声の主は、何処かで見た貌で。
「これは……地慧殿ではありませんか」
 名前を不意に呼ばれて驚いてしまう。よくよく貌を覗き込み、その人影が誰なのかを地慧はようやく理解した。慌てたように深深と頭を下げながら、彼の人の通り名を呟く。
「弟宮様…」
 地慧の目の前に現れたのは、東の宮の中央の御殿に住まう天帝の、唯一の血縁である西の宮の弟宮、悌矛だった。憔悴したような地慧の表情に逆に驚いたのか、青みのかかった黒檀の瞳を曇らせて駆け寄る。
「こんな時間にこのようなところで…どうかなさったのですか」
 悌矛の言葉に俯いてしまった地慧の横顔に、今日が何の日だったかを思い出し、更に貌を曇らせてしまう。精一杯に胸を張って、立ち尽くしたままの少し高い彼の背に腕を回し、静かな口調で声を重ねる。
「夜は冷えますから、中へいらっしゃいませんか……?」
 沁みるような優しい声に、青鈍の瞳がゆらりと揺らめいた。




≪御邪魔する≫      ≪やっぱり辞して帰る≫







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