真意を取りかねて押し黙る如月を、龍麻の悲しそうな黒曜の瞳が見詰める。
「……俺…京一に、『一緒に中国に行かないか』って誘われた」
龍麻が自身の背中を預けるに足る存在だと認めている、数少ない人物―――――蓬莱寺京一。眉を顰めた如月は、左手で胸元を鷲掴むように押さえた。
「でも……『行かない』って…答えた」
「ど…う、して…」
意外、という感情を露わにして呟く。『明日出発するんだ』という言葉が次に続くのかと想った矢先の否定の言葉。くす、と泣きそうな貌で微笑った龍麻が、顔を上げて如月を正面から見据える。
「本当は、行こうと想った。もっと強くなって、皆にこれ以上迷惑かけないように、ちゃんと護れるように、なりたかったから。………でも」
言葉を区切って、ふいっと視線を逸らす。
「でも、中国に行く、って考えたときにさ……どうしても気になることが……気にかかることがあったんだ。…なんだと……想う?」
ただ、如月は首を横に振る。ふいっと視線を外した龍麻が、遠くを見るような眼をした。
「向こうにいけば、京一も居るし、劉も居る。久しぶりに道心さんも帰るっていう。面子見たって凄い賑やかだろ?皆腕も立つし、修行のし甲斐もある。楽しいだろうなぁ、って思いながら中国での生活を考えた瞬間、誰の顔が浮かんだと想う?」
視線を外したまま、もう一度龍麻は笑った。そのままふうっと顔を俯かせた姿から、ひとつ息を呑んだ気配。それに如月が息を止めた瞬間。
「……如月」
「…ぇ…?」
「如月の…御前の顔、浮かんだ……」
切れ長の瞳が大きく見開かれる。思わず机についた手ががたりとそれを揺らし、次いで湯呑の中の水面を揺らした。
「中国に行ったら、御前に逢えなくなる。他の奴のこと考えても、少し寂しいかな、くらいしか感じなかったのに、どうして、御前のこと考えただけで…無性に寂しくて辛くて、日本を離れるのが厭になるなんて……」
「た……つ…ッ」
膝の上で痛いくらいに握り締められていた拳を上げ、くしゃりと長い前髪に指を差し入れる。背中を丸めるように机に肘をつき、両手で頭を抱える。
「どうして……どうして、御前のことがこんなに気になってるのか、自分でも判らない………どんなに想ったって、どうせ、御前は俺のコト『黄龍』としてしか見てないのに………ッ」
ぱた、と雫が机の上に落ちる。ひとつ、ふたつとそれは数を数え、比例するように龍麻の肩が細かく震えていく。息をするのも苦しいくらいの痛みを抱えながら、絞り出すような声で如月は呟いた。
「違う……僕は…ッ」
龍麻の言葉を否定するように如月は幾度も頭を横に振った。逡巡するように視線が泳ぎ、そうして己が膝元にそれを落として慎重に息を吸い込む。
「僕は…本当は、黄龍なんてどうでもいい、と―――想ってる。…もう、随分前から」
静かに落とされた言葉を聞き弾かれたように龍麻が顔をあげた。不思議そうな表情で、目を伏せた飛水の末裔を見詰める。
暫くの間を置いて、ようやく如月が目線を少し上げた。
「僕は、玄武としては破綻している………『黄龍なんてどうでもいい』と考えている時点で、玄武を司る者としては…不適格だ」
「それ……どう、いう…?…」
「―――――四神が、どういうものか……知っているだろう?」
僅かに戸惑いながら、龍麻がこくりと頷いた。
「……黄龍を―――護る、存在」
「そう。それから、黄龍を―――――暴走した黄龍を……滅する、存在」
きゅ、と龍麻の眉がきつく顰められる。その様子を窺い苦笑しながら、如月は肩を竦めた。
|